アジョブジ星通信

進捗が出た頃に更新されるブログ。

僕のラブコメ史

21歳になって半年弱経ちました。段々アニメを見る体力はなくなり、今期のアニメなんてひとつもわからないような状況ですが、逆に、大学生になって得た財力によって、ライトノベルを読むことが増えたと思います。とはいえ、ラノベにかける予算は、月2000円程度にしているはずですし、ひどく遅読ですから、ガチ勢からしたら、そんなの読んでるうちに入らないというレベルだと思います。

さて、なんで今日この記事を書こうと思ったかというと、「幼なじみ萌え ラブコメ恋愛文化史」を読み終え、読書メーターにレビューを書いたけれど、文字数的に物足りないなぁ、自分の感想も含めて書きたいなぁと思ったからです。最近は幼なじみ属性がマイブームなので、その背景をアウトプットしておきたいと思います。はい、ただの自分語りです。

(本当は、こういう恥ずかしい話は自作 CMS を完成させて、検索エンジンクローラーに見つからない場所に書き残しておこうと思っていたのですが、完成しそうにないし、書きたいと思っている間に書かないと、何もアウトプットできない人間になってしまいそうなので、書くことにしました。)

「幼なじみ萌え ラブコメ恋愛文化史」の感想

幼なじみ萌え ラブコメ恋愛文化史

幼なじみ萌え ラブコメ恋愛文化史

この本に出会ったのは、去年の夏休みに部活で旅行に行ったときのことです。松本に寄ったときに、仲間のオタクたちが雰囲気のある古本屋を見つけて、興味のある人たちだけ中に入っていったので、僕は外から眺めていることにしました。そこで、店内手前側にある棚を外から眺めていたときに、ふと目が止まったのがこの本でした。そのときは、タイトルだけメモして、図書館にあればいつか借りようかなと思っていましたが、ここ最近、僕の幼なじみ属性ブームがピークに達したので、図書館に行って借りてきました。

内容は、目次のふざけていないほうに書いてある通りで、ざーっと書き出すと(とはいえ、章末が結論らしい終わり方をしない書き方をする本なので、ぱらぱらめくりつつ、思い出しつつですが)

  • 幼なじみ関連で、古典、近代にどんな作品があったか(筒井筒、そういえば習ったな)
  • 少女漫画スタイルからの「タッチ」(世代じゃないからまったく話を知らない……)
  • 幼なじみは結局関係性を説明するのが簡単なだけで、不遇な扱いを受けてきた
  • 地方と都会では差があるのではないか(これは物語の創作者が幼なじみをどう持ち出すかの観点にもなるし、登場人物がライフイベントで上京するときにどうなるかの観点にもなる?どういう観点の話なのかわからなかった)
  • 以下、あまり幼なじみとは関係ないけれど、2010年代オタク文化として特徴的な文化のお話

筆者は文芸学科の准教授ということで、最近の作品を含めて広くオタクコンテンツに精通していますが、幼なじみには興味がないにも関わらず、執筆を依頼されたそうです。というわけで、興味はないけれど、歴史が専門分野だったことと、オタクコンテンツ全般を知っている方が書いたということで、オタクコンテンツの背景を知るのと、「あっこいつはオタクだ」という感じの文章を読むのには良いかなと感じました。

幼なじみは関係性にすぎないという話

コミュニケーションを違和感なく押し進めるには、物語的世界における説得力のある設定が必要になる。その点において関係性の省略と加速を同時に成功させる幼なじみという関係性が大きく活用されることになる。(p.61)

これはギャルゲーにおける幼なじみのポジションの話ですが、ヒロインが登場の仕方として、簡単に言えば、ボーイ・ミーツ・ガールか、以前から関係があった人物かの二択しかなく、幼なじみはただ後者であるだけという話です。

ただ、筆者は興味がない宣言をしているだけあって、わかってないなぁと思うところが

幼いころから互いに過ごす時間が長いがゆえに性的関係を含めてアプローチの難しさが描かれている。(中略)別の関係性への変貌を望んた場合、当然ながらこれまでの関係性を捨てる、もしくは異質なものになり二度と元の要素を抽出することはできないという残酷さを含んでいる。(p.57)

とマイナスに捉えています。しかし、ラブコメの定義として以前に

ロマンティック・コメディとは「人間と人間の関係を破壊する力に対して人間が他者と和解する能力が、婚姻(現代では恋愛)において勝利する物語」(p.40)

と挙げているのです。幼なじみ属性において「破壊する力」が「これまでの関係性を捨てる」のが難しいことであって、これを乗り越えるから尊いのです。やっと僕の尊さを言語化する語彙を手に入れたと p.40 を読んだときに思いましたが、筆者は気づかなかったようです。

地方と都会の話

地方の文化的な問題、そしてそこから脱却するための上京というライフコースに対する認識の地域的差異を考える必要が生じてくる。要は幼なじみを当然と考えるか、そんなものは地縁的関係性がずたずたに切られることが前提のライフコースなので不自然と考えるのかの違いが出てくる。(p.81)

この内容について、あまりうまく筆者の言いたいことを読み取ることができませんでしたが、物語の創作者が「地縁的関係性がずたずたに切られることが前提のライフコース」と考えているならば、幼なじみルートを用意しようなどとは考えないのかもしれません。都民の僕には考え至らなかったことなので、そういう考えもあるのかぁと感心しました。僕のバックグラウンドについては、後の章でお話ししたいと思います。

僕のラブコメ バックグラウンド

まずは、僕がどんな作品を見て、このようなクソオタクに成長してしまったのかについて、紹介していきたいと思います。

中学1年: オタクデビュー

最初にオタクラブコメ文化に踏み入れてしまったのは、アニメ「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」です。当時中学1年生、「けいおん!!」(!の数からわかるように、2期)から深夜アニメに入門*1して、その後自発的に見るようになったアニメが「俺妹」と、同期に放送していた「えむえむっ!」でした。俺妹は、エロゲー秋葉原(小さいころに降り立った、電気街のイメージだった)、コミケなど、まだオタク一般常識を知らなかった僕に、いろいろ教えてくれるアニメでした。そう考えると罪深いですね。同様に「えむえむっ!」も、テンプレエロを教えてくれる存在でした。

ライトノベルの入門は、同様の時期に「涼宮ハルヒの憂鬱」でした。あまり言いたくないですが、ネットの海を駆け回り、何語かわからない字幕のついたアニメを一通り見た後、区立図書館にあったので借りてみました。あまり強烈な印象を覚えているわけではないので、たぶん可もなく不可もなくという感想だったのだと思います。もともと読書家ではないし、SFが大好きってわけでもないですからね。

このようにしてオタク入門をした僕は、とりあえず深夜アニメを見るタイプの人間になりました。俺妹系のタイトルが長いアニメは、内容の予想が付きやすく、確実に見ていた気がします。あの長いタイトル、今思うと商売上手だな。

ラノベという形でラブコメを追うようになったのは、中学2年になって、初めて行ったアニメイトがきっかけでした。漫画棚、ラノベ棚をなんとなく眺めていたときに、ふと表紙が目についたのが、「しゅらばら!」でした。

しゅらばら! (MF文庫J)

しゅらばら! (MF文庫J)

何に惹かれたのかまったくわかりませんでしたが、とにかく運命を感じました。せっかく新宿まで足を運んだのに何も買わずに帰るのもなんだという気持ちもあり、買って帰ることにしました。それからは、とりあえず続きは気になるぞ!ということで、新刊が出るたびに買い続けました。しばらく読んでいて気づきましたが、ちょうど偽恋人ブームの時期でしたね。その中でアニメ化したのは「俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎる」でしたが、原作は読んでいません。

中学、高校では、あまり自由なお金がなかったので、ラノベを買うことについてはかなり控え目で、新シリーズ開拓をするより、面白いとわかっているから買おうということが多かったです。その代わり、体力はあったので、金曜の夜中に録りためたアニメを一気に見ていました。今思うとびっくりするほどの本数を見ていましたが、見ていたジャンルは、日常系とラブコメでした(あとアイマスラブライブ!)。一応いろいろな深夜アニメを録画予約したものの、これらのジャンルでないものは1話切りされていったのだと思います。

そんなこんなで、ライトなアニメオタクとして、深い感動はないけれど(「魔法少女まどか☆マギカ」で、まどかが人間をやめる選択をするシーンは例外)、日々の楽しみとしてアニメを見る中学生活を送りました。オタクだからってハブられるような環境もなかったし、至って平和でしたね。そんなわけで、スクールカースト底辺感というのも味わったことがあまりありません。あまりというのは、コミュ力不足による孤独感をたまに味わったなぁという程度で。

高校2年: ラブコメ好きを自覚

ブコメ観に転機が訪れたのは、アニメ「中二病でも恋がしたい!戀」の10話でした。

一応内容を説明しておくと、中学時代突然転校したけれど、また突然主人公の前に戻ってきた七宮智音だったが、主人公への片思いの火は消えていなかった。しかし、自身の中二病価値観および主人公にはすでに六花という彼女がいるという理由(あってる?)で、諦めることにした。諦めるために、主人公に六花がどれだけ好きかを語ってもらったというお話。ちゃんとセリフを引用したいので、見直したかったけれど、 Amazon Prime から消えていて残念。

とにかく、最後の泣き顔を見たときに、心臓が止まるかと思いました。ここから明確に、恋愛を題材にしたものが好きなんだと自覚するようになりました。後から考えると、七宮の話は、中学時代と高校時代の2段階になっていて、気持ちを熟成する期間があり、幼なじみもの的存在になっていますね。

この後に影響を受けたのが、アニメ「冴えない彼女の育てかた」でした。2、3話見たあたりで運命を感じ、ちょうど他に読んでいたラノベの新刊発売が落ち着いていたので、原作を購入するようにしました。

また運命という雑な言葉で片づけてしまいましたが、実際アニメを見たときに何に惹かれたのかまったくわかりませんでした(加藤恵に負けたという説は、ある)。原作を読んだ感想としては、主人公の言動は「は?」という感じる点が結構ありますが、加藤恵はかわいいし、澤村・スペンサー・英梨々は良質な幼なじみルート像を見せてくれたので、総合的には良かったのではないでしょうか。*2

これは非常に関係ない話ですが、冴えカノについて付け加えてオタクの皆さんに主張しておきたいこととして、加藤恵を題材としたフィギュアとかいろいろ売られましたけれども、作中の設定を思い出してください。キャラ商法をしていいのは加藤恵ではなく叶巡璃です。お間違えないよう。

冴えカノによってもたらされた変化として、ここからラノベを積極的に買う量が増えました。そもそもアニメ放送開始時点で、既刊が結構あったので、それらを揃えました。ここでラノベにかけられるお金のレベルが上がったのだと思います。

大学1年: エロゲーデビューと妹属性

前回の記事で述べたように、18歳になったこともあり、初めてのエロゲーを買いました。「ワガママハイスペック」です。初めての一本にこれを選んだ理由は、アニメが馬鹿っぽくて気になったからです。うまく商法に乗せられていますね。エロゲーをやってみた感想としては、エッチシーンは重過ぎる、でした。結局、僕が一番好きなのは、思いを抱いてから告白するまでの流れなんだな、ということを確認しました。

それで終わりだったら、あまり特筆するような内容ではないのですが、ワガハイの面白いところは、実妹ルートが存在するところです。今まで見てきたアニメでは、俺妹を除いて(俺妹を見ていた頃は、まだその革新さに気づいていなかった)妹はサブヒロインの位置でした。しかし、ワガハイでは、当然のように実妹ルートがあり、しかも生徒会メンバーが、主人公と妹が付き合っていることを知っても全然驚かない優しい世界。ここから、恋する妹が報われるお話(報われなくてもそれはそれで面白い)が読みたいという欲求が高まりました。

強烈な幼なじみ属性

妹がマイブームになったからといって、ものすごい量のラノベを読んでいたわけではありません。お金も時間も体力もないので。ただ、小説家になろうカクヨムを検索するようにはなりました。世間的にも妹ブームで、ちょうど「エロマンガ先生」のアニメ化が発表された頃だと記憶しています。Amazonのレコメンドで、「エロマンガ先生」、「妹さえいればいい。」、「俺が好きなのは妹だけど妹じゃない」の3択を迫られて、「俺が好きなのは妹だけど妹じゃない」を選択したのを覚えています*3

妹ブームの中、妹ものラノベを買う際に、電子書籍クーポンを適用できる最低金額に届くように、抱き合わせで買うために、他にもいろいろ物色していたわけですが、そのときに出会ったのが「電波な女神のいる日常」でした。いわゆる表紙買いです。

電波な女神のいる日常 (講談社ラノベ文庫)

電波な女神のいる日常 (講談社ラノベ文庫)

内容は、タイトル通り、電波な女神セレナといちゃいちゃする話、といってしまうと、確かにそうではあるのですが、1、2巻に関しては、主人公と幼なじみとの関係を、物語としてかき混ぜるためのサブキャラがセレナなのだと、僕は認識しています。実際、3巻の最後には

人間はよく人事を尽くして天命を待つというけども、セレナはきっと逆なのだ。天命を尽くして人事を待つ。舞台を整えたら、あとは人間の意志に委ねる。

とあり*4、最初から、物語のかき混ぜ役を意図して描かれているのかもしれません。じゃあなんでメインヒロインっぽい宣伝をしてるんだって話ですが。

さて、この幼なじみ、何が素晴らしいかというと

  1. お互いの考えていることが本当によくわかっている
  2. お互いが大切すぎるからこそ、譲れないものがある

信頼関係と年季がものすごいんですよ。この年季が入った思いによって、ふたりの関係はアンバランスに膠着していました。まさに以前述べた「破壊する力」です。これを突き破ってくれるのが2巻です。

初めて読んだときは、タイトルから想像していなかった展開なので、非常に驚いたと同時に、新しい境地に至ったと思いました。

この後も、まだ妹属性ブームのほうが続いていくのですが、幼なじみ属性に対する感性は、この作品で生まれたと思っています。

そして今に至る?

それからというものの、属性を絞ってラノベを買うというのは、結構難しい話なので、ラブコメ全般を対象に新規開拓を行っていました。

以下、僕の中でのヒット作、時系列順です。ただのおすすめ作品紹介じゃねーか。

アニメ「エロマンガ先生
妹属性!って言ってきてなんですけど、僕の中でのヒットは山田エルフです。原作を読む体力は残っていませんでした。
僕の妹は漢字が読める
発売当初、謎文章で話題になったやつですね。これが全然出オチじゃなかった。現代と萌え文化に侵食された未来を行き来して、いろいろな冒険をしているように見せつつ、ポイントはツンデレ妹……あまり語るとボロが出そうですが、世界観も妹のかわいさも非常に良かったです。
アニメ「徒然チルドレン
ブコメテンプレ集として、すばらしいアニメでした。
姉(かのじょ)と妹(カノジョ)の下着事情。
下着職人を目指す主人公が、呉服屋三姉妹といちゃいちゃする話。最初の1文目が「僕は、女性の胸を愛している。」とかなりキマったスタートで、なかなかやばい主人公だけれど、ブラジャーを通じて三姉妹を救っていく姿は非常にアツかったです。
あまのじゃくな氷室さん 好感度100%から始める毒舌女子の落としかた
おすすめ No.1! 神様パワーで、ツンツンしたメインヒロインの本音が聞こえるようになった主人公が、ハッピーエンドに向けて頑張るお話。メインヒロインの本音が常に読者にも伝わっていること、その他ヒロインを含めてパワーバランスが絶妙なところが高評価ポイント。でもあと2巻くらいで完結してくれないと、さすがに引き延ばし工作感を感じてしまいそうだなという不安があります。
俺もおまえもちょろすぎないか
正妻、幼なじみ、妹、の3巻でお送りします。明らかに正妻が勝つのはあらすじから明らかなので、ネタバレではないと思っていますが、幼なじみ、妹の散りざまは泣きました。
あんたなんかと付き合えるわけないじゃん!ムリ!ムリ!大好き!
幼なじみもの。読んで、泣いて、1週間病んでください。

何度も言うように、非常に遅読なので、本数としてはまったく読めていないです。時間とお金が無限にあったら、この世のすべてのラブコメを制覇して語れるようになりたいですけれどね。

「幼なじみ」のイメージ

さて、好きだった作品紹介を終えたところで、僕の幼なじみ感について共有していきたいと思います。「幼なじみ」という言葉の捉え方は、以上で地域差の話もありましたが、そもそも人それぞれなものだと思いますので、僕がどのような印象を持つ言葉なのかを説明しておくと、どのような気持ちで作品に向き合っているのかのヒントになるかなと思います。

一旦二次元の文脈を振り払って、現実の幼なじみの話をしましょう。僕にとって「幼なじみ」という言葉から連想されるのは、特定の人物で、ひとりの女の子です。彼女と僕は、保育園と小学校は別々で、中学校で一緒になりましたが、高校からはまた別の学校に行ってしまいました。大学生になってから連絡を取った記憶はないので、今何をしているかは知りませんが、母から聞き出せば情報は得られるでしょう。恥ずかしいからしませんけれど。出会いのきっかけについては、僕自身は記憶がないので、本当に小さかったころなのだと思いますが、公園で母親同士が友達になったのが始まりと聞いています。というわけで、いろいろと一緒に出掛けたりはしているはずなのですが、あまり記憶に残っていません。そもそも僕の記憶力はひどいものなので。はっきり言えることは、小学校高学年から中学生時代にかけて、ウォーキングブームをしていた(はてなフォトライフにフォルダーがあります)のは、もともとこの親子同士で参加したのが始まりだったりします。

中学1年の前半は、運動部に入っていたのですが、彼女と同じ部活でした。オタク入門で「けいおん!」と「涼宮ハルヒの憂鬱」を挙げましたが、実は彼女が話していたのがきっかけでした。そんな彼女も今ではまったくオタクっ気はなく、僕だけ成長していないわけですね。とほほ。

これだけ語って何が言いたかったかというと、僕の中での「幼なじみ」と「同級生」の違いについてです。小学生のころから交友が続いている人のことを幼なじみと呼ぶならば、もうあと何人か……あれ、ほとんどいないじゃないか……まぁいいや、となるところですが、僕はなかなかそう呼ぶ気にはなれません。たぶん僕の中では、「同級生」は学校で出会った人、「幼なじみ」は学校の外で出会った人のことを指すのではないかと思います。そして、昔から今まで特定ひとりを指してしまうので、特別感が強い言葉でもあります。

そういうわけですので、二次元の文脈に持ってきても、「特別感」のニュアンスを持つ言葉になり、強く惹かれる要素になっているのだと思います。幼なじみは単なる「関係性」という話もありましたが、関係性は関係性でも、多くの思い出と紐づいているという点があり、物語の展開として、苦い思い出をスタートに、関係を修復する話にすると非常に感動しますしね。ってこれまさに「電波な女神のいる日常」だ。

オタクコンテンツに対する姿勢

中学生・高校生を中心ターゲット層にしているライトノベルは、当然ながら読者をいかに共感させるかに注力していく。そして、ライトノベルの読者の多くは、程度の差はあれどオタクと呼ばれるスクールカーストでは決して上位層ではない人たちが多い。そのために読者層の多くが実際にスクールカーストの下層に所属し、そこから駆け上がっていくことを現実世界では無理としても小説の世界内で共感し追体験を重ねているのである。(「幼なじみ萌え ラブコメ恋愛文化史」 p.101)

この本のスクールカーストに関する章では、何度も読者層の共感を狙っていると書かれています。しかし、僕にとって、物語で夢を見て、追体験したいかと言われたら、NOです。……と思っていました。もともと、僕のスタンスを表す言葉は「盗撮」だと思っていました。手の届かない場所に、主人公とヒロインがいる、僕はそれを見守るのが仕事だったはずです。

しかし、この記事を書いていきながら、何に共感し、何に共感しないのかを見つめ直していたところ、やはり共感というか追体験を求めていることに気づきました。それは、「恋愛を追体験したい」、「女の子の追体験をしたい」の2点です。いやぁ言語化できてスッキリしました。*5

少し深くお話していきましょう。以前、好きなのは「思いを抱いてから告白するまでの流れ」と述べました。特に気持ちをこらえきれなくなった女の子が告白するまでの流れが非常に好きです。これはまさに、女の子の恋愛模様追体験していることに当たります。また、「女の子の追体験をしたい」を単体で考えるなら、日常系アニメが好きなのはこのためでしょう。おっさんに近づくにつれて、薄汚さという恐怖を日々感じながら生きているなかで、清い存在である二次元の女の子は、とても魅力的に映るのです。

そして、「女の子が告白」と言いましたが、これは今度は男の子のほうに共感できるか、につながります。つまり僕がどのくらい草食系かということになりますが、最近 Mastodon アカウントの名前欄を「政治的に正しいぬいぐるみ」にしていたというのがすべてです。「政治的に正しい」は偏見を排除し、それぞれの事情を考えようという意味で、「ぬいぐるみ」は「ぬいぐるみペニスショック」の文脈で、他人を性的に脅かす存在になりたくないという意味が込められています。もともと、性犯罪の加害者になりたくない、という強い気持ちを表したものだったのですが、同時に恋愛においては相手を理解し、相手から明確な意思表明が得られるまで何もできないと言っているのと同じですね。まぁそもそも恋愛経験ゼロなんですけれども(だからこそ、恋に恋しているとも言えます)。

ところで、草食系において、最強のシチュエーションがあります。それは、双方奥手です。これがあまりにも最強ということは、次のSSスレを読んで確信しました。


妹属性と幼なじみ属性

「僕のラブコメ バックグラウンド」では、マイブームが妹と幼なじみで終わっていますが、つまり今は両方好きということです。他の言い方をすると、僕の中で妹属性と幼なじみ属性を見るときの価値観の違いを説明することができなかったということでもあります。

では、何が僕の心をぐっとつかむのかというと、次の2点を挙げたいと思います。

1. 思いが強く、時間のスパンが長いこと
2. 関係の変化を迫られること

「思いが強く、時間のスパンが長いこと」に関して、特に時間というのは、関係が長い妹・幼なじみ特有の点ではないでしょうか。良い思い出も、悪い思い出も、10年近いスケールで語ることができるのは、関係の長さゆえの特徴であり、それを物語で語られると、うるっときてしまいます。この点に関しては、「冴えない彼女の育てかた」、「俺もおまえもちょろすぎないか」を、参考例として出しておきたいと思います(両方エロゲーライターじゃん)。

「関係の変化を迫られること」に関しては、妹・幼なじみから恋人への変化は、もともと恋人になることを想定していないけれど、とても強い関係であったところから、また別の強い関係に変化することになり、変化に抵抗する力が非常に大きいものになります。幼なじみでは、「大きくなったら結婚する!」なんて言いながらも、恋愛について考えられる歳でないころに出会って、強い関係を築いてきたところに、失敗したら修復できないような変化を加えるわけですから、躊躇することになります。妹では、これに加えて、慣習的な倫理観が問題*6となり、そう簡単に関係を変化させることはできないのです。それでも、この抵抗力を振り切って、恋人関係になることができたならばとても尊いし、そうでなくても、もともとの強い関係というのは心を揺さぶります(そもそもこの抵抗力によって「双方奥手」を作り出せるのもポイントが高いです)。

(ところで、「義妹」に関しては、どうも倫理に負けたような印象を受けてしまって、あまり好きになれません。)

最後に

この記事にオチなんてありません。ただ、僕の今のラブコメ観を記録しておくためのものでした。この記事が黒歴史になることは間違いありません。

「幼なじみ萌え ラブコメ恋愛文化史」を読んで、自分の価値観を言語化するための語彙がほんの少し増えた気がしました。その気持ちを大事にしたいと思い、3日書けてこの記事を仕上げたのだと思います。僕の勝手な自分語りにお付き合いいただきありがとうございました。

*1:押ボタン症候群の皆さん、脚注をご覧いただきありがとうございます。Webにおける脚注は、スクロール大移動が発生するので、UIとしては最悪のものだと思っています。ちょっとした付け加えなら、普通に括弧に書けよってね。文脈忘れるし。まぁとにかく、せっかくクリックしていただいたので、本当の僕の深夜アニメ入門を紹介したいと思います。小学4年の頃でしょうか、自宅回線のISPBIGLOBEで、家族会員なのでBIGLOBEからのメールが届くのですが、ふと、動画ストリーミングサービス「BIGLOBE ストリーム」の紹介メールを開きました。そこで出会ったのが「もえたん」でした。毎週配信で、3週間くらいは追っていましたが、なんじゃこりゃwwwといった程度の感想で、すぐに飽きてしまいました。その後オタク文化に触れる機会はあまりなく、習慣的にオタクコンテンツに触れるようになったのは「けいおん!!」からです。

*2:まだアニメは終わっていないので、ラノベのほうに関しての結末については脚注に書いておきましょう。で、最終巻まで読んだのですが、正直ラストに向かっての加藤恵は、どんどん主人公のためのご都合主義に走っていったという感想を持っているので、そこで僕の中ではマイナスの感想を持っています。僕の解釈はこのトゥートの通りで、あれだけ振り回しておいて、最後に「楽だから」で終わるのは、ある意味大どんでん返しですけれども、拍子抜けというか、もっと強い思いが欲しかったなと思いました。

*3:「いもいも」(この略称を知ったのはアニメ化決定してから)を選択した理由として、「エロマンガ先生」はすでにアニメ化が決定していたこと、「妹さえ」は既刊数が多く買いそろえるコストが高かったことが挙げられます。タイトルが、中高と見てきた長いタイトルのラノベ原作アニメを思い起こさせるなつかしさがあったところもポイントです。(オタク特有の昔から注目してましたアピール)(発売前からマークしていた)(PUMAの筆箱(最近まで本当にPUMAの筆入れを使っていたので心が痛い))

*4:この文章をぱっと持ってこれるのはなぜかというと、この記事を書くために読み直したからです。だいぶ内容を忘れていましたが、2回目に読んだら、より素晴らしい!といった感想を持ちました。特に3巻は、話も登場人物もガラっと変わるので、最初に読んだときはあまり印象が良くなかったのですが、読み直してみると、作者があとがきに書いていた「未来」というテーマが良くわかるなぁと思いました。そして、読み直したいときにすぐに読み直せるのは電子書籍のいいところですね。電子版のほうが1か月発売が遅い一部レーベルを許すな。

*5:追体験を求めている」と言語化できてスッキリしたと同時に、ずっと自分で考えていた信念とまったく逆なので、非常に困惑しています。正直、最近自分自身も女の子と添い寝したいみたいな感情を感じることがあって、「あれ?盗撮という立場を取っていたのに」と困惑していましたが、単に男の子側への追体験の欲求もたまには混ざるということで片付きますね。このことに気づく前に書いていた文章は、消してしまうのがもったいないので、Gist においておきます。「性をやめろ」を叫ぶ理由にも触れています。

*6:ワガママハイスペック」では、実妹を相手にするのに倫理観の話が一切出てこなくてびっくりしました。そのあと、近親相姦といえばと思い「ヨスガノソラ」のアニメを見ました。かなりハードな内容でしたが、しかし普通こうなるよなぁといった感想を持ちました。妹と恋人になることの倫理観で印象に残っているラノベが「妹ホーム」です。作品の完成度としては、あまりよろしくないという感想だったので、おすすめできるものではありませんが、実妹かもしれない(最後まで明かされることはありませんでした)ヒロイン(実妹でもそうでなくても主人公ラブ)に迫られて、主人公(幼なじみとして、そのヒロインにラブ)がすごく躊躇しているのが印象的でした。